フィリピンに関する出来事を中心に、勝手気ままに綴るブログです。
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01/08
K1号の場合 第4話
スービック2日目。乗馬クラブがあるというので、午前中は
そこで過ごすことになりました。馬に乗って山道に入って、
また戻って来るという2時間ほどの散歩コースです。初心者の
私にとっては、散歩程度で丁度良かったです。厩務員がついて
いるとはいえ、走り出したら結構怖いだろうなと思いました。
安全の為皆ヘルメットを被っているのですが、K1号のメット
姿に笑いを堪えるのに必死でした。ハットリ君がメット被り、
小さな体は馬の歩調にあわせて小刻みに上下に揺れているので
本当に滑稽そのものでした。

2時間のコースを終えて戻ってくると、皆一様に喉が乾いたと
言い出しました。ミネラルウォーターを買いに行きましたが、
大きいお金ではお釣りが無いと言っています。K1号がP100
紙幣を持っていたので借りることにしました。P50の水を6本
で合計P300です。喉が潤ったところで、K1号が私にこう
言いました。「P300返してよ!」と。この一言でキレモード
にスイッチが入ってしまいました。確かにピナにとっては、
大事なお金だということは理解しているつもりです。当然返す
つもりでしたし、仮に返すのを忘れていたとしても、それ以上
のことはしていました。旅行が終わってからも同様です。とに
かくお金のことを言われたくなかったですね。カリカリしてる
ところへ奴は念を押してきました。フラストレーションが
溜まり過ぎて、今にも爆発しそうでした。

乗馬クラブをあとにして、スービック市街へ入っていきます。
お腹も空いたので、ジョリビーで食べることに。私が皆の注文
をとって列に並びました。一応K1号もついてきました。順番
が回ってきたので注文していると、K1号は「さっき言ったの
やめてあれにする!」と指さしています。私は「お前さっき
これって言ったじゃないか!」と言うと、「これにしたいんだ
もん」と抜かしております。勝手に自分で頼め!と言い放ち、
支払いを済ませて、そそくさと席に戻りました。腹の立つこと
この上なし!私の心の中には、もう余裕という隙間は残って
いませんでした。口も聞きたくなくて、食事が来るのをただ
ひたすら待ち、来てからは無言で食べていました。K1号は
「P300まだ?」と言っていましたが完全無視です。P300を
返せそうなお釣りではないにもかかわらず、見ていたら状況
判断出来るだろうって思いますよね?普通。友人Bは私の様子
を見て笑っていました。

その後、近くにあったゴーカート場でゴーカートをすっ飛ばし
気分も少し落ち着いたので、ホテルに戻ることになりました。
帰りの車中、K1号は携帯のロードが無くなったと騒ぎだし、
あっちに止まれとか、こっちに行けとか我が儘なことばかり
抜かしています。ようやくホテルも近くなって、サリサリで
購入できたようで大人しくなりました。

ホテルに着き、部屋に戻りました。夕食までには時間があった
ので、気をとり直してK1号と少し話をしていました。その中
で、1ヶ月前に韓国人の彼氏がいたと言っていました。1月に
会ったときは、凸凹慣れしてなさそうだったのですが、どうも
その韓国人に仕込まれたようです。更に将来は何になりたいか
聞いてみましたら、看護学校にいっているらしく、看護士に
なりたいと言っていました。凸専門だろうとからかっていると
不覚にも私の凸が反応してしまい、そのまま凸凹に突入して
しまいました。K1号は最中に、しきりに自分の腕や腿をさす
るのでどうしたか聞くと、昨日のジェットスキーで筋肉痛に
なったとのことでした。私は凹を指さして、ここも痛いか?
と聞いたらここは気持ちいいと抜かしていました。顔をみると
ハットリ君を思い出してしまうので、他のことを考えながら、
ようやく逝くことが出来ました。この後、夕食のため再び市街
に行き、韓国料理を食べて帰りました。

翌朝、マニラに戻るために車に乗り込みました。K1号は、
出発寸前にもかかわらず、お土産にTシャツを買いたいから
P100くれとほざいておりました。頭に来たので、出来る限り
の小銭で渡してやりました。Tシャツを買って車に乗り込み、
K1号はこともあろうに寝るから隅に寄れと指図しました。
更に頭に来たので、お前は荷台で寝ろと言ってやりました。
ふてくされてブツブツ言っていましたが、完全無視です。
友人達は膝枕で寝ているのに、私は逆に足を向けて寝ました。
ほぼそのままの状態でマニラに着き、再度2日前と同じホテル
にチェックインして、部屋に入りました。K1号には、今日は
疲れたので家に帰りなさいと言い、荷ほどきをしていると、
後で戻ってきたらいいのか、明日でいいのかと聞いてきます。
その時は連絡するからと言って、家に帰って貰いました。もう
2度と会うことはないだろう、いや、真剣に会いたくないと
考えていました。実際これ以降L.A.でも会っていません。
本当にウザい女でした。

昨年暮れに友人Aが渡比していたときに、K1号を見掛けた
そうです。L.A.の用心棒のアーチーは、私が1月に来ると、
K1号に教えたそうです。2度と会いたくないのですが、L.A.
には行くと思いますので、何か良い策は無いかと思案中です。
それに、まだブログで紹介していないK2号の捜索の網に
掛からないように注意しなければいけません。次第に世間が
狭くなってきました。
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